L

私の愛した者たちの中で唯一、完全に作中で死んだ者がデスノートのLだ。


 デスノートの新刊が15年ぶりに発売されるという私の心を揺さぶるニュースをネットで見た。

私は学生時代、デスノートのLの夢女だった。
色々しんどい学生時代の命綱だったのは間違いなくデスノートのLだ。(その後、命綱は「美男ですね」という韓国ドラマになる)

デスノートを知るのは遅く実写のCMかなんかを見て気になりブックオフに壊れかけの自転車で行った。

普段は店員さんや人と話すのが怖くて、Tカードも作れないしマックの注文もできないのにあまりの読みたさから店員さんに「デスノートっていうマンガどこですか?」と聞いた。
自分が成長した瞬間だ。
デスノートのおかげで今はレジ袋が欲しい時には先にレジ袋お願いします。と言える。Tカードを作るのとマックの注文はまだできないが。

その後マンガを読んでデスノートのLに猛烈に恋に落ちて、デスノートのLは作中で死んだ。

私は背を曲げて泣いた。
背を曲げていたのは、L座り(椅子の上に座らず背を曲げてしゃがむLがするポーズ)という座ってない謎のポーズをしつつ泣いたからだ。

少しでもLを感じていたくて、チョコレートの板をボリボリ食べてニキビをモリモリ作っていたし、もちろんタイピングする時は人差し指一本、お菓子を取るときは摘まみ上げて食べる…とLの所作を徹底的にマネしていた。

心の拠り所だったLが作中で死んだので、Lが死んだ心の拠り所を探した結果こうなったのだ。
私はあの時はLの喪に服していたと思う。

父と祖母が気を使ってしんどそうな私を連れて出掛けてご利益のある神社に連れていってくれた。私は二人の気持ちを今思うとありがたいがそれどころじゃなく、ぶうたれながら雑な所作で「神様がもしいるならLと結婚させてください」と拝んだ。


とにかくそういった数々の「余白」、無駄と思われるものに救われてきたと思う。
頭の中の全然考えなくていい、妄想の部分。頭の中のその場所、余白を大事に拠り所として生きてきた。

最近、やらないといけない事だけをして疲れていたので昼寝して思い切って全然やらなくていい事をしようかな~と思ってこれを書いてる。

私は無駄に生かされている事を忘れがち。

タイピング検定でノイローゼになった過去を忘れがち。

ゆるゆる頑張る、のゆるゆるができないことを忘れがち。

愛する人がデスノートによって殺されたのを何度も見届けた私ですから、大体のことは乗り越えていけるのでもう少しゆっくり生きます。


おわり

 


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